「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂えること勿れ。ただ一燈を頼め」。佐藤一斎『言志四録』をご紹介
通関士.COMを運営しております、アデプタスの大澤です。
暑い夏が真っ盛りでございますね(2026年7月31日現在)。
昨日、仕事で門前仲町に行く機会がありました。
通りかかった橋の近くに、有名な幕末の兵学者・佐久間象山の立て札があり、
その文章の中に、佐久間象山は佐藤一斎に学んだ、という文章がございました。
佐久間象山という幕末の天才が学んだという佐藤一斎という人物。
ふと、佐久間象山ほどの天才が学んだというのは、
いったいどういった人物だったのだろうかと思ったところ、
そういえば先日、偶然にも私は、佐藤一斎の著書に触れ、感動したところでした。
(『言志四録』(1)~(4)(講談社学術文庫版)/元東京工業大学学長、川上正光氏訳)
不思議な共時性を感じましたので、佐藤一斎と『言志四録』を少し、ご紹介させていただきます。
佐藤一斎(さとう いっさい)とは、江戸時代後期を代表する儒学者。
岩村藩(岐阜県恵那市)に1772年に生まれ、安政の大獄が起きた1859年の87歳という高齢の年齢まで生きました。
若い時代から学問を志し、儒学の名門の林家塾に入り、塾頭となり、
幕府の昌平坂学問所(昌平黌)の儒官(現代の東大総長のような役職)を長く務められました。
門下からは、佐久間象山、横井小楠など、幕末に活躍した多くの人材が育っており、
幕末の志士たちに大きな影響を与えたことで知られているそうです。
佐藤一斎の『言志四録』(げんししろく)とは、
随想・箴言集であり、
学問に対する態度、誠実さ、人生訓、実践的な処世術など多岐にわたる内容のものです。
特に有名なのは、幕末の最大級の大物・西郷隆盛が、
『言志四録』から101条を選んだものを『言志録抄』として
座右の書としていたことです。
佐藤一斎とは、そういった、江戸時代、幕末・明治維新に影響を与えた、
革命の震源地とも呼べる、異常な感化力を持たれた、知の巨人でありました。
さて、下記は私自身、佐藤一斎の『言志四録』で感銘を受けたところです。
・「我が身は天物なり。死生の権は天に在り。まさに順いてこれを受くべし」
・「吾が心即ち天なり」
・「一点の燈火闇室を照破するがごとし」
・「この物の光輝、宇宙に充塞する」
・「自ら欺かず。これを天に事うという」
・「およそ事をなすには、すべからく天に事うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず」
・「私欲は有るべからず。公欲は無かるべからず。公欲無ければ、即ち人を恕する能わず」
・「利は天下公共の物なれば、何ぞかつて悪有らん。ただこれを専らにすれば、即ち怨を取るの道たるのみ」
・(人生の悩み苦しみは天が人を完成させるために与えたものであり、君子はそこに天意を慮り、自らを磨く)
「徒にこれを免れんと欲するは不可なり」
・「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂えること勿れ。ただ一燈を頼め」
・「動天驚地極大の事業も、またすべて一己より諦造す」
・「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」
令和の第三次世界大戦勃発中とも言える大激動の今、
AIによる地球規模での、恐るべき未来の脅威が高まっている今、
皆様が生きる上で、何かしら参考になるところがあるかと思い、
少し、ご紹介させていただきました。
元寇、幕末、第二次大戦の敗戦後に匹敵するような、令和8年の現代の暑い夏の7月、8月。
しかしながら、生き抜く人生訓は、時代を超えて、不変のようです。
たとえ苦しくとも。
朝が来ない夜はない。
がんばって生き抜いてまいりましょう。
★アデプタスは、通関士と国際貿易や付帯業務にかかわる全ての方々の味方です★
アデプタス 大澤 聡
P.S.今回のご紹介の曲は、「スピッツ/ 紫の夜を越えて」
映像
歌詞